ドールズ―Dolls 3

written by Richiya Naitoh 2001


「そのお友達は、パパにもママにも愛されてないの。
おうちに帰ってもあたししか話し相手が居ないの。
寂しくて、悲しくて、病気になっちゃったの」
彼にとって、何とも身につまされる話だった。
「……それは、可哀相だね。君は、そのお友達をどうすれば助けられると思う?」
彼は力なく少女の向かいのソファに腰を降ろした。
「その子のパパとママが、仲直りすればいいと思うの。
パパはおうちに居ないの。何処に居るのか判らないの」
「その子のパパを探し出せって言うのかい?」
人探しなら、本業だ。人身売買の犯罪組織の摘発に比べれば数段格が落ちるが、
その父親本人か、母親からの報酬は期待出来るかもしれない。
「じゃあ、そのパパの名前と仕事を教えてくれる?」
 彼はメモを取る用意を始めた。だが、少女はうつむいたままだ。
「どうした? パパの名前は?」
「……判らないの……」
「一緒に暮らしてるお友達の名前くらい判るだろう?
その子の名字だけでも良いんだよ。
名字からパパを探し当てることだって出来るんだから」
「……だって、本当に判らないんだもの……」
 少女は涙声になった。二つや三つの迷子でもあるまいし、
自分が世話になっている家庭の
名字も知らないとは。彼は苛立ってメモを机に放り出した。
「そんなんじゃ、仕事にならないよ。おじさんはコンピュータを使って
人探しをするんだ。名前だけ打ち込めば、どんな人だって
すぐに探し当てる事が出来る。
名前が判らないのでは探しようがないじゃないか」
「……あたし、ずっと探してたの。あたしの声を……
あたしの助けてって声を聞いてくれる人を。
おじさんが初めてなの、あたしの声に気付いてくれたのは……
おじさんしか、助けてくれる人はいないの……」
少女は泣き出した。彼は慌てて少女をなだめる。
「ごめんよ、おじさんは君を怒ってる訳じゃないんだ……
ちょっと、時間をくれないか? 何か方法を考えるから」
彼は頭を掻き掻き立ち上がると、デスクの上に載せた安酒のボトルを手に、
彼女を残して隣室に入って行った。彼にとってこの一杯が
ポパイのホウレンソウと同じなのだ。だが、娘と同じくらいの年の少女の前で、
安酒をラッパ飲みする姿など見せられないと思ったのだ。
アルコールの強烈な刺激が彼の脳をフル回転させる。
とりあえず、彼女のやって来た家へ行ってみよう。
保護者から事情を聞くのが一番手っ取り早いだろう――。
「ドリー、君のお友達の家に案内してくれるかい?」
彼はオフィスに戻ると、少女に声をかけた。
少女は嬉しそうに頷くと、椅子から降り、彼の手を取った。
「ありがとう、おじさん。こっちよ」
少女に言われるままに彼はオフィスを出る。
「えっ?!」
彼は思わず目を疑った。廊下が、再び真っ白な霧に包まれていたのだ。
まさか、また酔っ払っているのか?
だが、少女は何の躊躇もなく彼の手を引いて歩き出す。
「おい、ドリー、これは一体……?」
歩き出すうちに彼の手を引いていた少女の手の感触がなくなった。
彼はたった一人、霧の中に取り残された。だが、彼は足を止めなかった。
何となく自分の進むべき方向が判っているような気がして、足が勝手に動くのだ。
やがて少しずつ霧が晴れてきた。
足元には芝生が広がり、一軒の家が視界に入ってくる。
その家は彼のよく知っている家だった。
「……まさか、ここは……?!」
彼は思わず引き返したい衝動に駆られた。
だが、足が勝手にその家に向かっている。
いつの間にか、彼はポーチを上がり、ドアの前でチャイムを鳴らしていた。
「……はい?」
疲れた表情で女性が出てきた。
彼はその姿を見るなり、金縛りに遭ったように硬直した。
女性も同じだった。
「エース! あなた、どうしてここに?!」

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