ドールズ―Dolls 2

written by Richiya Naitoh 2001


「……とにかく、ここじゃ駄目だ。おじさんの事務所においで、
話を聞いてあげるから」
彼は少女に手を差し伸べた。少女は何のためらいもなく彼の腕にすがりついた。
彼は少女を抱き上げた。無意識に、少女に別れた娘の面影を
重ねて見ていたのだろう。
少女は彼の首に両腕を回し、肩に顔を埋めるようにして泣きじゃくった。
裏口からビルの中に入ると、廊下はいつもの通り殺風景なコンクリートの壁と
ひび割れたタイルの床をさらけ出していた。
先程までの霧が嘘のようだ。やはり、
あれは酔っ払った夢の続きだったのだろうか。
だが、少女は確かに自分の腕の中にいる。
彼は狐に摘ままれたような気分のまま、オフィスに戻った。
来客用のソファに少女を座らせ、どうしたものかと頭を掻く。
こう言う時、妻ならてきぱきとお茶の用意をし、
この年頃の少女の好む菓子など出して機嫌を取り、
泣き止ませる事も出来るのだろうが、ここにはお茶も菓子もない。
安酒を勧めるわけにもいかず、彼はただおろおろするばかりだった。
探偵事務所とは言え、客―つまり、依頼主は大半が安酒場の店主や売春婦で、
依頼内容と言えば、踏み倒されたツケの回収代行や、行方不明になったペットの
捜索と言った類のものばかりで(妻も呆れて出て行ってしまう訳だ)、
警察沙汰に発展しかねない事件を、娘と同じ年頃の少女が持ち込んで来るなど、
前代未聞だ。第一、こんな少女に依頼料が支払える訳もない。
事件の内容次第では、お上からの報奨金を期待出来るかもしれないが。
しかし、この少女の置かれた環境を、見過ごす事は出来なかった。
「君の名前は? 年はいくつ?」
ついつい事務的な口調になってしまうが、仕方ないだろう。
彼は児童相談のボランティアではなく、私立探偵なのだから。
少女は漸く泣き止むと、ぽつりぽつりと話し出した。
「あたしは、ドリー。ママが死んだのは二年前なの。
パパは物凄くママを愛していたのだけど、あたし達を見ると
ママを思い出して悲しくなってしまうから、あたし達を売る事にしたの」
大方、妻を無くした男が再婚するのに邪魔な連れ子を売り飛ばそうとしたとか、
そんな事情だろう。こんな小さな少女に大人の思惑など理解出来る訳もない。
彼は、自分なりに彼女の話を解釈した。
「それで君はさっきの変な霧に紛れて、悪い人の所から逃げて来たんだね?
一緒に売られたお友達はまだ捕まっている、だから助けてくれって言うんだね?」
身寄りのない子供達を誘拐して、奴隷のように扱ったり、玩具にしたり、
果ては殺して臓器を売りさばくなどと言った、非人道的な犯罪が
組織ぐるみで行われている国だ。
彼の友人のジャーナリストも数年前、自ら客を装ってこの手の組織に潜入し、
犯罪を摘発する記事を書いて、一躍、時の人となっている。
この少女の依頼もそうであれば、彼にもチャンスはあるのだ。
ツケの回収やペット探しなどのセコイ仕事ではなく、
大きな探偵会社の社長となって、自ら足を棒にして捜査に駆け回る事もなく、
妻と娘と揃って豪邸に住めるかもしれない。だが、果てしなく夢を
膨らませる彼の言葉に、少女は無情にも首を横に振った。
「ううん、あたしを買ったのは悪い人じゃないわ。
その家の女の子はとっても優しくて可愛い子で、
あたし達すぐにお友達になったの」
「え? ……じゃ、そのお友達って言うのは?」
思惑を外され、彼は落胆したが、それでも気を取り直して、
少女に話の続きを促した。

前の頁へ     次の頁へ


戻る


禁・無断転載/ALL RIGHTS RESERVED