森の精霊樹 8

hritten by Richiya Naitoh 2007


 シロップの言葉に、ジャムは真顔に戻り、じっとシロップを見詰めました。
「精霊樹の意識があたしに乗り移っている間、あたしの意識は精霊樹に繋がっていたの。精霊樹があんたを選んだ理由も理解出来たわ。あんたの両親はきっと、あんたを森と人間の仲介者にするために、あんたを森に託したのよ。あんたは人間の欲望や憎しみに染まることなく、エルフ族に育てられた。精霊樹はそれを知って、ずっと呼び掛けていたんだわ」
「でも、僕はお母さんに会いたいし、ジャムともっと旅がしたい。世界をどうこうなんて、どこかの王様がすればいい事だよ。精霊樹の知識じゃなくて、僕は自分の目で見て、体験した事を自分の知識にしたいんだ。まだまだ、知らない事がたくさんあるんだもの」
 ジャムは小さくため息をつきましたが、それでも嬉しそうにニッコリ笑いました。
「そうね、あたしもあんたと一緒にもっと旅がしたいわ。シロップ、立派になったわね」
「なんだい、また子供扱いして!」
 楽しそうに笑い合う二人の上に、どこから飛んで来たのか、ひらひらと薄水色の花びらが降り注ぎ始めました。
「あっ、忘れん花?!」
 二人は咄嗟に息を止めようとしましたが、たちまちうっとりするような甘い香りに包まれてしまいました。
「そんな……どうして……?」
 シロップとジャムの意識が、段々遠のいていきます。二人は、互いをかばい合うように、倒れてしまいました。

――勇者シロップ、あなたの気持ちは判りました。あなたがもっと大人になるまで、私達は待ち続けます……
 シロップの頭の奥に、女王マーマレードの声が響きました。
――私達はあなたが成長したら、また呼び掛けるでしょう。その時、精霊樹の知識を得るに相応しい、本当の勇者になっていたら、きっとあなたは私達の声を聞くことが出来るはずです。それまで、あなた達の記憶から、この場所を消す事にします……
 女王の声は寂しそうでした。シロップは忘れん花に記憶を消し去られる前に、必死で女王に呼びかけました。
「精霊樹の女王様、僕はきっと帰ってきます! 悪い奴にあなたの知識を奪われたりしないように、強い勇者になって、きっとあなたを守ります!」
――ありがとう、シロップ。あなたのお母さんの事は、私達の知識をもってしても探し出す事は出来ません。あなたが自分の力で探すのです。その代わり、あなたの遠い記憶の底に沈んだお母さんの思い出を、よみがえらせてあげましょう。忘れん花には、人の記憶を消し去るだけでなく、忘れてしまった記憶を呼び起こす事が出来るのです……
 シロップはふっと暖かい優しい腕に抱かれているような気持ちになりました。それは、シロップが赤ん坊だった頃、優しくシロップを抱きしめてくれた、お母さんの腕の記憶でした。甘い、ミルクの香りがします。優しい子守唄の調べが耳をくすぐります。
「……お母さ…ん……」
シロップの頬に一粒の涙が零れ落ちました。
――おやすみ おやすみ 愛しいぼうや かあさんきっと待っている ふわふわゆらり 夢のくに……

「シロップ、シロップ! 起きなさい、しっかりして!」
 ジャムの声に、シロップは頭を振りながら、身体を起こしました。
「あれ? ジャム、ここはどこ?」
 シロップとジャムは、森の中で倒れていました。木々がうっそうと茂って、奥に続く道はどこにもありません。側には荒くれ男達が気を失って転がっています。
「こいつら、あたし達を追って森に入り込んで、木を切り倒そうとしたの。それで、森が怒って道を塞いでしまったのよ。蔦や茨の蔓が大暴れして、あたし達まで吹っ飛ばされちゃったみたい。こんな古い森は、怒らせたらエルフのあたしにも心を開いてくれないわ。これ以上この奥に進む事は無理ね。せっかく、精霊樹の遺跡を探すチャンスだったのに。だからあたしは人間が嫌いなのよ!」
 ジャムは相変わらずイライラと人間への不満をまくし立てています。シロップは後ろ髪を惹かれるような思いで、背後に広がる森を見詰めました。
「シロップ、帰りましょ。これだけ森が守りを固めているんですもの、精霊樹があってもなくても、誰もこの奥には入り込めないわ」
「精霊樹はあるよ!」
 いきなりシロップが叫んだので、ジャムは驚いてシロップを見詰めました。
「……ううん、そう思っただけ。でも、いつかきっと、見つけることが出来るよ」
 シロップは自分に言い聞かせるように呟きました。ジャムは肩をすくめました。
「そうね、いつか見つかるといいわね」
「うん!」
 シロップとジャムは、森を後にすると、村へと続く道を元気に歩いて行きました。
 森から優しい風が吹いて、新しい冒険を始める二人を励ますように、頬を撫でてゆきました。

【おわり】

個人誌「森の精霊樹」(2007年3月発行)掲載

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