森の精霊樹 5

written by Richiya Naitoh 2006


 その朝早く、シロップとジャムは身支度を整えると森へ向かいました。シュガーのお父さんが森を案内をすると申し出てくれましたが、ジャムはそれを丁寧に断りました。森のエルフ族は言葉を使わずに木々と会話をすることができると言われていて、シロップは今までもジャムと一緒なら、初めての森でも道に迷ったことがありませんでした。しかし、シロップの胸の中は不安でいっぱいでした。ジャムには黙っていましたが、夢の中では、シロップはジャムとはぐれて迷子だったのです。
「気をつけてね、シロップ、ジャムさん」
 シュガーがバスケットいっぱいのお弁当を差し出しました。
「くれぐれも無理はするんじゃないよ、いつでも帰っておいで」
 お父さんも優しい言葉で二人を見送ってくれました。
「ありがとう、いってきまーす!」
 シロップは不安を振り払うかのように、大きく手を振って二人に別れを告げました。シュガー親子も、いつまでも手を振っていましたが、親子の他にも物陰からシロップとジャムを見詰めている者がありました。それは、昨日シュガーを人質に、お父さんから精霊樹の秘密を聞き出そうとして、シロップに負かされた二人の荒くれ者達でした。
「あの小僧達、精霊樹を探しに行くに違いないぜ」
「エルフも一緒なら、きっと簡単に見つけ出すだろう。こっそり後を追うんだ」
 男達はそっと二人の後を追って森へ入りました。そして、その後ろをまた四、五人の荒くれ者が追っていきます。シロップとジャムのうわさは、昨夜のうちに村の荒くれ者達の間に知れ渡っていたのです。

 男達に尾けられているとも知らず、シロップとジャムはどんどん森の奥へ歩いていきます。
「この森は、随分古いわ。あたしのお祖母さんが生まれるよりも昔から、この木達はここに根を下ろしていたのかも……」
 ジャムは太い木の幹にそっと手を触れました。年老いてはいるものの、幹の奥に力強い脈動を感じます。
「人間を……見守っているの? そう、昔ここに住んでいた人間達は、優しい心を持っていたのね」
 ジャムは木の幹に触れながら、木の記憶を読み取りました。
「やはり、この森の奥には遺跡があるようね」
 やがて小道は、うっそうと生い茂る草や背の低い木立にふさがれ、これ以上進めないと思われました。シロップは辺りを見回し、言いました。
「ジャム、昔はここに道が通じていたんだよね? ほら、両脇の背の高い木だけを見れば、トンネルのようになっている。この草や、小さな木が道を覆っているんだ」
 シロップは短剣を抜き、低い木々をなぎ払おうとしました。ジャムはそれを止めました。
「だめよ、シロップ! 木達を切らないで。彼らは、道を守っているの。切ったりしたら、敵だと見なされるわ」
 ジャムはひとつ深呼吸をすると、低い木立に呪文を唱えました。すると、木々は草が風に凪ぐように柔らかく揺れると、地に体を横たえ、二人のために道を作りました。びっくりしているシロップに、ジャムは声をかけました。
「急いで! 道はまたすぐに塞がってしまうわ。通る時は木達にお礼を言ってね。エルフ語でなくてもいいの、あなたの感謝の気持ちを伝えるのよ」
「うん。……道を作ってくれてありがとう!」
 シロップはなるべく木の枝を傷めないように、そっとつま先だけで木々の上を走り抜けました。さらさらと優しく葉を揺らし、木達はシロップに答えたようでした。そして、シロップが振り返ると、道は起き上がった木々に塞がれていました。

「おい、行き止まりだ、道がなくなっているぞ!」
 シロップ達の後を尾けてきた二人組は慌てて周りを見回しました。シロップ達の姿を見失って苛々しています。
「ちくしょう、あの小僧とエルフの小娘め、確かにこっちの方向に歩いていたのに……」
「エルフが、何かまじないをかけたのかもしれん」
 二人組に追いついた五人ほどの男達も一緒になって道を探しますが、二人の通った道を見つけることが出来ません。
遂に男達は、手当たり次第、木を切り倒し始めました。
「やった、道が出来たぞ!」
 男達は口々に歓声を上げ、森の中に走りこみました。が、
「うわぁ~! 助けてくれ!!」
 歓声は瞬く間に悲鳴に変わりました。高い木々のアーチの上から、太い蔦(つた)や茨の蔓(つる)がうねりながら降りてきて、男達に絡みつき、縛り上げたのでした。無慈悲に木々を切り倒した男達は、敵と見なされ、森へ入ることを許されなかったのです。しかし、中には伸びてくる蔦や蔓を切り払って、森の奥に入り込むことが出来た男達もいました。荒くれ者達は最初の半分ほどの人数になりましたが、しぶとくシロップとジャムの後を追って行きました。

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