森の精霊樹 2

written by Richiya Naitoh 2005


「きゃああっ!」
 女の子はシロップがやられたと思い、両手で顔を覆いました。カン、カン、キィーン! 激しく剣がぶつかり合う音がして、
「いてて、覚えていろ!」
 男達が捨て台詞とともに逃げ去っていきます。女の子が恐る恐る顔を挙げると、シロップが怪我ひとつなく、立っているではありませんか。シロップは素早い動きで、男達の手から剣を叩き落したのです。
「君、大丈夫だった? 怪我はない?」
「あ…ありがとう。あなたこそ、大丈夫? あんな大きな人達を二人も相手にして……」
 女の子は目を丸くしてシロップを見詰めています。
「シロップの剣術の腕前は大したものよ。あんな流れ者くらい、簡単にやっつけちゃうわ」
 後からやって来たジャムは女の子の落としたバスケットを拾い上げながら、言いました。エルフ族は元々戦いを好まない種族で、ジャムはシロップの剣の腕前を充分判っているので、加勢はしなかったのです。しかし、シロップの身に危険が及べば、ジャムも戦います。ジャムの背には、小さな弓と矢筒がいつでも戦えるように装備されているのです。
「……あら、薬の壜が割れちゃっているわ」
「ああ、大変。お父さんは病気で、薬屋さんに作ってもらったばかりだったのに……どうしよう……」
 ジャムは、地面を濡らす薬を見詰めて泣き出しそうな女の子に言いました。
「泣かないで、大抵の病気なら、あたしが治してあげるわ。森のエルフ族は治癒の魔法が使えるのよ」
「本当ですか? お願いします、どうか家に来て下さい!」
 女の子は、シロップとジャムの腕を引っ張るようにして歩き出しました。

 夏の暑さが過ぎ去り、収穫のお祭で大勢の旅行者を迎えて賑わう時期なのに、この村は何だか寂びれきっています。女の子は家に向かう道すがら、自分の名前はシュガーと言い、病気のお父さんは木こりなのだと話しました。お父さんが木を切り倒す仕事をしていると聞いて、ジャムの表情がさっと曇りましたが、治してあげると自分から言ったのだから、今更いやだとは言えません。エルフ族は一度約束したことは必ず守る、誇り高い種族なのです。
 村のはずれの、森の入り口に木こり小屋がありました。
「お父さん、ただいま。お客様を連れてきたの」
 小さな小屋の中に、ベッドが二つ並んでいます。大きなベッドには、体の大きな男の人が、横たわっていました。
「シュガー、お帰り。薬をもらってきてくれたかい?」
「怖い人に捕まりそうになって、薬壜を割られてしまったの。でも、この人達に助けてもらったの。エルフのジャムさんとシロップさんよ」
 シュガーの言葉に、シロップは苦笑いして訂正しました。
「僕はエルフじゃないよ」
「シロップは、エルフ族の中で育った人間よ。よく間違われるのよ」
「そうだったの、ごめんなさい」
 シュガーは真っ赤になって頭を下げました。
「娘を助けて頂いて、ありがとうございます。こんなあばら家ですが、ゆっくりしていって下さい……」
 シュガーのお父さんは、弱々しく体を起こそうとしましたが、痛みに顔をしかめ、また横になってしまいました。
「腰が痛むのね? 熱はない?」
 お父さんのベッドの傍らに歩み寄ったジャムは、お医者さんのように色々質問をした後、両手をお父さんにかざしてエルフの言葉で何やら呪文を唱え始めました。しばらくすると、お父さんは安心したように大きく息をつき、眠り始めました。
「これで大丈夫よ。目が覚めたらすっかり元気になるわ」
「ジャムさん、本当にありがとうございます!」
「よかったね、シュガー」

 シロップとジャムは、テーブルに着いてシュガーの入れてくれたお茶を飲みながら、先刻の男達のことを尋ねました。
「この村、あんな物騒な連中がよくやって来るの?」
「ええ、お祭見物に来た訳でもないみたい。だから、村の人達も怖がってあまり外に出ないようにしているのだけど、お父さんの薬がどうしても必要だったから……」
「そうか、だから村が寂しかったんだな?」
 シロップは、この村へ入った時、村の人達がこそこそと家の中に入ってしまい、探るような視線を窓から向けて来ていたのを思い出しました。
「……この村は、古い森の一部を切り開いて作られたんだが、その森に、精霊樹が眠っていると言う伝説があったのだよ」
 いつの間に目を覚ましたのか、お父さんが起き上がって言いました。ジャムの魔法が効いたのか、顔色も良くなっています。
「精霊樹ですって?!」
 ジャムはお父さんの言葉に、耳を疑いました。
「ここは精霊樹の森だったの?」
「ジャム、精霊樹って何?」
 シロップとシュガーは目を丸くしてジャムを見詰めます。
「精霊樹とは、森の守護神とも言われる、大きな樹だよ。この世界に森が生まれた時の最初の一本の古い樹が、全ての森の守り神になったと言われているんだ」
 木こりのお父さんは、古い言い伝えを教えてくれました。
「それだけではないわ。精霊樹には不思議な力があって、森のエルフだけでなく、動物や人間とも話をすることが出来るの。精霊樹は何でも知っていて、その知恵を得たものは世界を支配する事が出来るのよ……」
 ジャムはみんなを見回して、声を潜めました。

「おとぎ堂」No.11(2005年7月発行)掲載分

前の頁へ     次の頁へ

戻るへ



禁・無断転載/ALL RIGHTS RESERVED