森の精霊樹 1

written by Richiya Naitoh 2005


 腰に短剣を携え、動き易そうな裾の短いズボンにブーツと言う、見るからに冒険者と言う格好をした、金髪の少年シロップは一軒の薬屋に入って行きました。お店の中にいた人達は一瞬怯んだ様子を見せましたが、シロップは屈託のない笑顔を見せて、旅の途中でつんだ珍しい薬草をカウンターに差し出しました。
「これ、いくらで買ってくれますか?」
 薬屋のおじさんは、目を丸くしてシロップをに見詰めます。
「坊や、旅の人かい?」
「うん、さっきこの村に着いたんだけど。お祭があるって聞いてたのに、何だか寂しいね?」
 シロップの言葉に、おじさんは言葉を濁すと、薬草を手に取りました。
「これは珍しい、どんな病気にも効く薬草だ。高く買わせてもらうよ。でも、一体どこで見つけたんだい?」
 薬屋のおじさんは薬草の重さを量ると、カウンターに金貨を四枚載せました。シロップのような少年には大金です。シロップは金貨を大切に腰に着けた袋の中にしまい込むと、得意げに笑って言いました。
「えへへ、この薬草はね、山の奥の……」
「ダメよ、シロップ! 簡単に薬草の在り処を教えては!」
 シロップの声を遮る、甲高い声が店内に響きます。
 シロップとおじさんが驚いて声の主を振り返ると、いつの間に店に入ってきたのか、深い緑の髪をした色白でやせっぽっちの少女が立っています。着ている服も緑色で、奥深い森から抜け出した妖精のようです。薬屋のおじさんは顔をしかめました。
「何だい、森のエルフか。そうか、この薬草はお前が見つけたんだな? こんな子供に使いをさせて、わしらに高く売りつけようって魂胆か? 欲張りめ!」
 おじさんの言葉に、エルフの少女は激怒しました。
「欲張りなのは人間の方でしょう! あんた達は森を荒らして薬草を採り尽くしてしまうわ。そんな事されたら、森に住んでる者達が迷惑するのよ!」
「何だと? 生意気なエルフの小娘め!」
 おじさんはカウンターから身を乗り出し、今にも少女に掴みかかりそうです。シロップは慌てて少女の腕を引っ張りました。
「ケンカはだめだよ、ジャム! 行こう。……おじさん、ありがとう!」
シロップは少女を引っ張って、薬屋を飛び出しました。

「せっかく高く買ってくれたのに、お店の人を怒らせちゃって、ジャムったら!」
 村の外へと続く道を並んで歩きながら、シロップは自分のお姉さんのようなエルフの少女、ジャムをたしなめるように言いました。お姉さんのようと言っても、エルフ族は人間の何倍も長生きなので、本当はジャムはシロップのお祖母さんほどの年齢かもしれません。
「あんな人間がどんどん森の木を切り倒して、村を作って森の生き物が住む所を失って困っているのよ! 人間は自分の欲望を満たせば、他のものが迷惑したり苦しんだりしても平気なのよ。だから、あたしは人間が嫌いなのよ!」
 弾丸のように吐き出されるジャムの言葉に、シロップはふっと顔を曇らせました。
「僕だって、人間だよ。ジャムは僕の事も嫌いなの?」
「……シロップ、あんたを傷つけるつもりじゃなかったの。いつも一緒にいるから、あんたもエルフ族のような気がしちゃって……ごめんね」
 シロップの言葉に、ジャムはしゅんとなってしまいました。でも、シロップには判っていました。この村は、森を切り開いて作られたばかりの、新しい村なのです。まだ村中に残っている切り倒された木々の悲しい思いが、ジャムには伝わってしまうのです。森のエルフ族のジャムは、ものを言えない木や草花達の声を聞く事ができる力を持っています。ジャムの怒りは、村の人達に対する木々の怒りなのです。
「人間も生きるのに必死だって事、判っているのよ。でも、どうして森の生き物と一緒に暮らす事が出来ないのかしら?」
 ジャムの声は、悲しみに沈んでいました。
「でも、森のエルフ族のジャムと一緒に育った人間の僕が、森の生き物と人間が共存出来るんだって証拠じゃない。そんなに悲しまないでよ、ジャム。人間と森の生き物が判り合える日がきっと来るよ」
 シロップはジャムの肩をぽんと叩きました。シロップの笑顔に、ジャムもこくんと、頷きました。その時です。
「きゃああっ! 何するの、離してよぉ!」
 女の子の悲鳴が聞こえました。シロップとジャムは慌てて声のした方へ走ります。シロップと同じ年頃の女の子が、二人の荒くれ男達に腕をつかまれ、必死にもがいています。
「ひどいじゃないか! 女の子によってたかって!」
 シロップは腰の短剣を抜くと、男達に向かって叫びます。
「何だと、このチビ!」
 男達も旅人のようです。シロップの何倍もあるような身長の男達は、それぞれが武器を手に、シロップに向かってきます。

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