雨 宿 り

written by Richiya Naitoh 2005


――ジェイキー、君は、僕の大切な弟だよ……みんな、君の帰って来るのを待っているんだ……一緒に帰ろう……
「ダメだよ……今更、帰れない……」
――君は、今でも夢を捨てていないんだね? 立派なギタリストになるって言う夢を……
「……ああ」
――だったら、これを、君に……
「これ、ランディが大事にしていたギターじゃないか?! どうして? こんな大事な物……何故、俺に?」
――君には、夢を追い続けて欲しいんだ……僕の分まで……
「ランディ……? どこへ行くんだ? 待ってくれよ、ランディ、ランディ!」
 俺は、叫びながら起き上がった。
「夢か……」
 ベッドの上で、大きく息をついた。ランディは、俺の母の再婚相手の息子――義理の兄だ。俺の夢に現れる彼は、いつでも微笑んでいる。俺は、いつもその笑顔をまっすぐ見ることが出来ずに、目を逸らしてしまう。すると、ランディは俺に背を向けて、どこかへと消えてしまうのだった。彼が飛行機事故で死んでから、そんな夢ばかりを見る。
「ランディ……お前のくれたギター、まだ俺には弾けないよ……」
 俺は、あの日ランディに渡されたギターのケースに目をやると、溜息をついた。

「まぁまぁ、急に降って来ましたわねぇ」
 墓地の入り口にある大きな木の下で、品の良さそうな老婦人が、そういって笑い掛けてきた。俺は、軽く目礼を返した。老婦人は俺の手にした花束に気付くと、
「貴方も、お墓参りですの?」
と、尋ねた。
「……ええ、身内の……」
 俺が答えると、婦人は淋しそうに笑った。
「私も、息子に会いに来ましたの。生きていれば、貴方くらいの歳ですわ。……私、悪い母親でしたの」
 老婦人は遠くを見詰め、呟くように言った。
「……夫とうまくいかなくなってしまいましたの。まだ幼い息子を置いて、家を飛び出してしまって……」
彼女の目に、みるみる涙が溢れ出した。
「息子が死んだと聞かされて、慌てて戻りましたけど……私を探しに出て、車に撥ねられたそうですわ……」
 老婦人は涙を拭った。
「すみません、こんな話をお聞かせして……」
「……いえ、判ります、その気持ち……俺も、家族の死に目に会えなくて……後悔してます」
 俺は、自分に言い聞かせるように言った。今でも、その事がランディへの負い目となっているから、俺はランディのギターを弾くことが出来ずにいる――
「でもね、いつも息子を夢に見る度、あの子が笑っていてくれるのが、とても嬉しいんですよ。私のした事は、どんなに悔いても許される事ではないけれど、あの子が微笑み掛けてくれると、少しはこんな母親でも許してくれたような気がして……」
 俺は、その言葉にハッとなった。俺も、いつも夢を見る。ランディが優しく微笑みかけてくれる夢を。でも、それが却って俺には辛い。ランディはいつも優しかった。彼の怒った顔は、一度も見たことがなかった。家出した俺を二年もかけて探し出した時だって、俺を殴りもせず、一緒に帰ろうと、優しく諭しただけだった。その優しさの裏側に、深い悲しみが潜んでいたのを、俺は感じ取る事が出来た。だから、夢の中の彼の微笑みは、彼の悲しみでもあるのだ……。
「……辛くはないですか?」
 俺は、思わず老婦人に問い掛けていた。彼女は驚いたように俺を見詰めた。
「……その……息子さんの、笑顔……」
 何故、見ず知らずの老婦人にこんな質問をしてしまったのか。俺は、自分でも驚き、そして言ってしまってから後悔した。彼女を傷付けてしまったのではないかと思った。彼女は、暫く考えてから、ゆっくりと言った。
「……天国ではね、皆が純粋な心になっていると思うの。お世辞や見栄なんて、天国に居る人達には必要のない事なんだって、神父様に言われたの。……もし、私の息子が未だ悲しんでいるのなら、夢の中でも泣いているでしょうね……そう信じてますわ」
 彼女はそういって、ニッコリ笑った。
「あら、止んだわ」
 老婦人は空を見上げた。彼女の言葉に応えるように、雲の切れ間から、明るい日差しが差し込んで来た。
「どんなに悲しんでも、失った命は帰ってこないわ……貴方も自分の気持ちに素直におなりなさいな。きっと、ご家族の方の気持ちが通じるわ」
 老婦人は軽く頭を下げると、ゆっくり歩き出した。俺は、いつまでもその後姿を見送っていた。
「素直になれ……か。ランディ、お前は本当に俺を許してくれているのか……?」
 今度、彼の夢を見たら、俺は目を逸らさずに、彼の微笑を見詰めることが出来るのだろうか……そして、彼のギターを弾けるようになるのだろうか……? そんな事を考えながら、俺は墓標へ続く小道を上って行った。
<END>
1986-1990 special thanks to M chan

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